[第二章 プロローグ-どこにでもある日常-]

 ――――夢を見ている。
 真っ白に染まった空間。そこに真っ黒な墨をこぼしたような、かすかにぼやけた塊がある。
 ソレは漆黒の服を纏い漆黒の面を冠っており、かすかに人のカタチをしている。
 ソレはこちらに気づいたのか急に振り向いた。
 「sdvnas[@zdgvou.w498mzxd[ajvmnq]aetimn!!」
するとソレはこちらには聞き取れない言語で叫び始めた。
 「9jimort[sav:a/rr]awe4tjnertusxz.wee,t!!」

 突如白の空間を埋める濃厚な魔力の空気。
 その魔力は黒いソレの回りに集まったかと思うと、
 
 剣の形を成しディンに向かって飛んできた。
 

 ――――ズンッ

 
 衝撃を受けたところを見る。
 魔力の剣は胸の中心を完全に貫いていた。
 だが、血は一滴も出ず、痛みも無い。
 恐る恐る手を胸元へ持っていく。 
 しかしその剣は刺さっているにも関わらず実体が無かった。
 
 ディン「これは・・・」

 視線を上げ、黒いソレを見つめる。
 するとソレは所々微かに聞き取れるくらいの小さな声で再び何かを呟き始めた。

 ???「すまな・・・った・・・だが・・・おま・・・・無念もこれで報われる・・・・」
 ディン「無念?」
 ???「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ディン「お、おいっ!答えろ!俺に何をしたっ?!」
 ???「・・・・・・」

 ディンが聞き返すとソレは答えることも、光に溶けるように無く姿を消した。
 
 ディン「何なんだよ!一体!!」

 ディンは叫びながら、胸の剣に視線を落とす。
 すると剣は、淡く光りながらだんだん薄れていく。
 しばらく経って剣は完全に消え、ディンの身体は何事も無かったかのようにそこにあった。
 だが、彼の身体に異変が起き始める。

 ディン「なんだ・・・・?痛っ!!」

 最初は何も感じられなかったが、徐々に首に痛みが走る。
 それと共に、何やら風景と一人の騎士の姿が頭に浮かび上がってきた。
 騎士は全身を鎧で覆われ、背中には身の丈ほどある大剣を背負っていた。
 首の痛みと謎の風景に困惑するディン。
 すると風景は、走馬灯のように様々に変わっていく。
 どうやらその騎士の生涯のようで、最初は彼を覗き込む二人の男女。
 次に剣の稽古に明け暮れる彼。
 王宮の前で仲間と共に喜ぶ彼。
 その仲間達と洞窟の前での団欒。
 傷ついた竜と倒れる仲間達。
 牢屋のような場所で叫ぶ彼。

 そして

 騎士が最後に見たのは、
 血に染まった戦斧を持った兵士と
 首の無い自分の身体だった。 
 
 ディン「うわぁっ!!!」
 
 朝。ベッドの上のディンは不気味な夢に驚き飛び起きた。
 太陽は既に昇りきっており、夏の日差しが部屋の中に差し込んでくる。
 しかしあの夢のせいか喉は渇き全身は汗だくで、汗でピタリと肌に付いた寝間着が気持ち悪い。
 ディンは起き上がると枕もとのコップに水差しで水を注ぎ一気に飲み干し、
 汗で重たい寝間着を脱ぎ捨て締め切ったままの窓を全開にし、
 外の空気で身体と心の不快感を吹き飛ばした。
 
 ディン「はぁ・・・」

 今朝の夢は何だったのだろう。まさかこんな夢を見るとは。
 あんな夢の後だと何か不吉な出来事でも起こるのだろうかと心配になる。
 これから、この町を出て王都に行かなくてはならないのに・・・。
 
 ――――コンコン
 
 突如、来客を告げるノック。そしてすぐに扉は開いた。
 この宿にディンの不在を確認しない内に部屋に入ってくる人間は一人しかいない。
 レナスだ。
 
 ディン(あぁ・・・マズイな・・・)
 
 案の定、入ってきたのはレナスだった。毎朝レナスはディンの部屋まで朝食を持ってきてくれる。
 だが、今日に限っては間が悪かった。
 レナスは"男"というものに全く免疫がない。
 普段ならディンや男性客を相手にしてるためそんな様子は見られないのだが、
 今朝のディンの格好は上半身裸。
 レナスにとっては家族同然のディンの裸でも"男"を連想させるものだった。
 
 ディンはレナスに見られる前に、何か羽織ろうと重い周囲を探すのだが・・・。

 レナス「ディン、おはよー。朝御飯もってき・・・・・・きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 間に合うはずも無く。
 ディンの姿に驚いたレナスは手に持った朝食を落としてしまった。
 まったく、朝から頭が痛い。

 レナス「ななな何て格好してるのさっ!はははは早く何か着てよぅ!!」
 ディン「あ〜・・・わかった。分かったから落ち着・・・・」
 レナス「やだやだやだ!来ないで〜!!」

 ディンはなだめようとレナスに近づくが、むしろ逆効果だった。
 レナスは顔を真っ赤にし、さらに混乱してしまった。
 しかし、これ以上大事になるのも色々と拙い。
 ディンはすぐさま近くのタンスからシャツを取り出し袖を通した。

 ディン「ほら、これでいいだろ?」
 
 服を着たディンを見てレナスは落ち着いたのか、
 だんだん赤く染まった顔が元に戻っていく。
 
 レナス「まったく・・・朝から変な格好するのやめてよね!」
 ディン「おいおい・・・逆ギレかよ。」
 レナス「だって本当の事じゃない!」
 ディン「仕方ないだろ!変な夢のせいで汗かいちまったんだから!」
 レナス「・・・変な夢?」
 ディン「(あ・・・しまった・・・話すつもりなんて無かったのに・・・)」

 ディンは話しているうちについ口を滑らせてしまった。
 レナスにこの手の話を聞かれると、しつこく聞いてくるのだ。それも一日中。
 だが、ディンはしつこく聞かれるのが嫌だから話したくないのではなかった。
 彼は彼なりにレナスに余計な心配はさせまいと思い話さないのだ。
 彼が無事である事をレナスが望んでいるから、ディンも彼女に心配させないように心がけている。
 
 ディン「いや、なんでもない。忘れてくれ。」
 レナス「そう?でもでも、何かあったら私にちゃんと言ってね?
     一人で悩み事を抱えても辛いだけだから・・・。」
 ディン「わかってるよ。何かあったらお前やマスターにお世話になるよ。」
 レナス「・・・うん!わかってくれればよろしい♪」

 ディンの言葉がよほど嬉しかったのか、先ほど床に落とした朝食の残骸を鼻歌混じりで手早く片付けていく。
 
 レナス「♪」
 
 しかし、ディンはレナスのその姿がとても心苦しかった。
 何故なら別れがすぐ近いことを彼は知っているから。