[第一章 プロローグ-荒野の夕日-]
荒野の無数の岩。人工のものではない、自然の岩の一つに少年が座っている。
年の頃は18、9。胸をプレートメイルに守られ、腰には広刃の剣(ブロードソード)、
背中に丸盾(ラウンドシールド)を背負っている。
朱色の空を仰いでいた少年は、手のひらに握っていた「ソレ」に視線を落とした。
まだ僅かにあどけなさが残るその目に写しだされたのは、
何処にでもあるような、何の変哲もない、フロストブルーのビー球だった。
夕日に照らされたビー玉は、元からの青色と混ざり合い鈍い朱色をしている。
少年は暫しそれと睨み合うと、そっと手の内に納めた。
少年「アイツ・・・元気にしてるかな・・・」
強く手の中のビー玉を握り締め、ゆっくりと立ち上がる。
純度の高い銀細工を思わせる少年の銀髪は、今にも地平線に沈みそうな夕日に照らされて、
まるで精製されたばかりの純金の金糸のように、風になびき輝いていた。
少年「そろそろ日も落ちるな・・・少し急ぐか・・・」
少年はビー玉を小さなお守り袋の中にしまいながらそう呟くと、マントを羽織って岩肌を滑り降り、
夕日を背に街へ向かって歩き出した。
[第一章 プロローグEND]
[第一章]
荒野の岩場を離れてからどれ程の時間が経っただろうか。
少年は、『ラギレス』という街の中に着いた。
―――『ラギレス』
鉱山と魔導学の栄えているこの街は、
昼はバザー、夜はカジノ、と昼夜を問わず
様々な人が行き交い集まり賑わいを見せていた―――
辺りは暗く、もうすっかり夜だというのに、冒険者や酔っ払い、行商人や娼婦など
様々な職種の人達で賑わっている。
そんな様子を横目に見遣りつつ、少年は、街の喧騒の中をスタスタと抜けて行った。
少年は喧騒を避けるかのように、幾重にも入り組む細い路地を歩いていく。
と、路地の袋小路には一軒の木造の建物が現れた。宿の外見は、そう新しくはない。
そこは冒険者の集う宿。その名を『渡り鳥の止まり木亭』という。
宿代も手ごろのその宿は、冒険者にとても人気があり、夜でも賑わいが絶えない。
少年「・・・・・・。
今日は、大丈夫だよな・・・・・・。」
少年は宿の扉を押し、中に入って行った。
開け放たれた扉は、自然と閉じてゆき、ギィ・・・と軋むような音が背後から聞こえる。
宿内は、外と対照的に明るい。この宿、一階がバーの様になっていて2階が部屋になっている。
取り敢えず食事を取ろうと、考えたその時であった。
濃い魔力に反応した少年の肌の表面は鳥肌がびっしりと立ってしまっている。
咄嗟に身を屈める。
『ドォーーン・・・・・』
耳を穿つ突然の爆発音。その音は宿の厨房からのものだ。
そして辺りは宿に泊まる客でどよめく。しかし、中には平然とグラスに余っていた
ボルト酒を飲み干す者や、食事を続けている者もいた。
それは少年も同じで、慌てた様子もなくゆっくりと立ち上がり、深いため息を吐く。
少年「またかよ・・・」
そう呟くとボリボリと無雑作に頭をかき、厨房の方へと足を運ぶ。
厨房には宿のマスター―――名をウォレスという―――と、黒焦げの物体が『いる』。
と、突然その物体は動き出し、近くにあったタオルを取り自らをゴシゴシと拭き始めた。
???「うにゃ〜・・・また失敗しちゃったぁ・・・」
物体と思われたソレは人間のようで、綺麗に顔を拭き終わるとそう洩らした。
少年「おい、レナス・・・お前、いい加減諦めろよ。
毎回毎回お前の魔導調理で爆発騒ぎ起こされたら店がもたないだろ・・・。
はぁ・・・おやっさんもいくら娘だからって、レナスのこと甘やかしすぎですよ。
ここはおやっさんからも一言『お前には魔導は無理だ』って言って
やった方がいいですよ?」
呆れと安堵が混じった声で少年は厨房にいた二人、
レナスという名の少女とマスターにそう言い放った。
マスターはまいったと言わんばかりに頭を押さえ笑う。
マスター「いやいや、そうは言いますが・・・・」
マスターの言葉が終わる前に、レナスはいまだ黒い手でマスターの顔を押しのけ、
ぷく〜っと頬を膨らませディンに反論した。
レナス「むぅ・・・今回は調子が悪かっただけだもん・・・。
それに君に言われる筋合いはないよ、ディン!君だって、
『俺は志願して王の下で活躍するぜ!』とか言っておきながら、
未だに街の冒険者ギルドの下っ端じゃないか!」
ディン「何だとぉ〜?!俺はお前と違ってな〜、『魔導料理で皆を幸せに〜♪』なんて
わけのわかんねぇオメデタイ頭してねぇんだよ!」
レナス「むっきーっ!よくもそこまで言ったなー?!もういいもんっ!
ディンにはご飯作ってあげないから!」
ディン「そういうことは焦げてなくて消し飛ばない料理作ってから・・・
っつーか、お前!まともに飯作れるようになってから言いやがれ!
俺の食う飯はいっつもマスターが作ったのばっかじゃねぇか!」
レナス「むっきーーーー!!」
ディン「がるるるるるー!!」
マスター「まぁまぁ、二人ともその辺で。いい加減やめないとお客さんが見てますよ・・・」
ギャアギャアと騒ぐ二人。と、レナスの黒い手形の付いたマスターが顔を拭きながら二人を止めに入った。
マスターの言葉に凍りつく二人。そして静寂。
その静寂は長いようでいて、しかし一瞬で崩れる脆いガラス細工のようなものだ。
「ぷっ・・・」
「クスクス・・・」
何人かが笑いを堪えて吹き出す。その笑いは感染・連鎖し、他を巻き込み拡大していった。
男客1「わーっはっはっは!お前ら相変わらずだな!『夫婦漫才』ご馳走様!」
男客2「くそぅ・・・ディン!見せ付けてんじゃねぇぞー!」
女客1「痴話喧嘩も程ほどにね〜!」
女客2「まだまだ青いわね・・・」
・・・等と二人を笑う声が宿中に響く。ディンとレナスの口喧嘩はこの宿の名物で、
どちらかが何か失敗する度に、周りを気にせず始まって、その結果爆笑の渦を巻き起こす。
ディン「みろよ! お前の所為で笑われただろー!!」
レナス「ディンの所為でしょ!!?」
ディン「何ぃ!? 大体、元はといえば、お前が…」
そんな2人のやりとりに、おさまったかと思われた客達の笑い声は、
それほど広くない宿内に、そして外にまで響くのだった。
治まらない笑い声。さらに宿は活気付く。
ディン「はぁ・・・」
と、周りの笑い声の中ディンの突然の深いため息。
レナスは心配そうにディンの顔を覗き込む。
レナス「すっごいため息・・・いきなりどうしたのさ?」
ディン「いや・・・レナスの言うことももっともだなって思ってさ。
いつまでも口ばっかりで街のギルド員のまま・・・
いい加減自分の不甲斐無さににウンザリしてさ・・・」
レナス「あ・・・」
そんなディンにレナスは言葉を返すことが出来なかった。
ディンとレナスは幼馴染である。小さいころから二人の両親が仲がよく、
幼いころから何をするにも一緒で、二人は太陽が昇る前から日が暮れた後までよく遊んでいた。
まだ二人が幼いころにディンの両親は魔物に襲われ命を落とし、奇跡的に生き残ったディンを
マスターが引き取った。その事件をきっかけにディンは王宮騎士団に志願することを目指し始めたのだ。
ディンは何事にも全力で取り組むことをレナスは良く知っている。
良く知っているからこそ、今更励ましの言葉を口に出して言うのが恥ずかしいのだ。
だからつい強気になってしまい、いつも口喧嘩になってしまう。
しかしディンはそこまで思い詰めていたのだ。
いくら冗談だったとはいえ、レナスはそれを口にしてしまった。
重い空気が二人の間を包み込む。それを打ち破ったのはマスターだった。
マスター「まぁまぁ、二人とも疲れてるんだ。
さぁ、私の特製スープで元気を出しなさい♪」
マスターは半ば強引に二人の間に割って入り、その空気を打ち破った。
ディン「あ、マスター、ついでに」
マスター「夕食かい?」
マスターは、ディンの発言を遮ると、そう言った。
ディン「さすがマスター! もうさっきから、腹減ってさ!」
マスター「すぐ作るよ、待っててくれ」
口端を上げて、ニコ、と人当たりの良い笑顔を浮かべると、
マスターはカウンターの向こうの厨房に消えていった。
レナス「あ、待って!! 手伝うよー!!」
慌ててマスターの手伝いをしようと追いかけるレナスの背中に
ディンは、手伝わなくていい・・・と
言おうとしたが、その言葉をそっと飲み込んだ。
ディンは、剣と盾を降ろすと椅子に深く腰を降ろす。
ディンは料理が来るまで、よく使い込まれた広刃の剣と盾の手入れを始めた。
手入れをするその手際は実に手馴れていて布で盾を拭いた後、棒ヤスリで広刃の剣を研ぎ、再び鞘に収めた。
そして少し思案する。
志願―――。
そう、それは俺の目標だ。
王宮騎士団に入団し、王の下で活躍する日を夢見ている。
どんな戦場でも恐れない勇気と豊富な知識。そして技量。
勇気は場数を踏めば自然と付いてくる。そのために俺は冒険者ギルドに入った。
独学だが様々な知識も勉強しているし、日々剣の稽古もしている。
・・・・・・そろそろこの街を出るか。
レナス「お待たせ〜♪じゃんじゃん食べてね!」
思案を終えると、レナスが両手一杯の料理を運こんできた。
ディン「おぉ〜!待ってました!!」
(レナスに気づかれると色々面倒だな・・・)
そんなことを考えながら、テーブルに並べられた料理を食べ始めた。
マスターの料理は(一部レナスのもあるが)どれも絶品だ。
夏野菜のスープ、自家製パン、サラダ・・・
あっさりしているようだが冒険者たちの身体を考えたメニューだ。
それらを食べ終え、二人に就寝の挨拶を済ませると床に置いておいた荷物を持ち、
自分に宛がわれている部屋に向かった。
けして広い部屋ではないが、レナスが色々と用意してくれたお陰で
一人で過ごすには十分すぎるほどの物が揃っている。
ディン「ふぅ〜」
部屋に戻り一人になったディンは寝間着に着替えベッドに潜る。
忙しかった一日が今日も終わりを告げ夜は更けていく・・・。
[第一章終わり]